物流塾

ドキュメンタリー「物流センターの今~ウィズ・コロナ~」

主婦 冴子(さえこ)の一日

朝からどんよりした梅雨空、雨がしとしと降る鬱陶しい季節が始まった。冴子は食料品、日用雑貨品の買出しに近所のスーパーに愛車プリウスで出かける。コロナ禍以降、買い物は三日分をまとめ買いする事としている。いつも行くスーパーには食料品、日用雑貨品等必要なモノがほぼ不自由なく揃っている。

夫の良一はテレワークが続き、週に一度の出勤以外は在宅勤務。長男の雄一郎は都内の大学に今年入学したものの、授業は全てインターネット授業で、こちらもまた自室に籠りっぱなし。もともと引きこもりの傾向がある。

冴子は週4日10時から16時まで物流センターでのパートの仕事を既に5年間続けている。幸い物流センターの仕事は減る事もなく、むしろ会社からは勤務時間延長の依頼をされている。

毎日の夫と長男の食事の用意、昼食は自分の弁当と二人分の弁当を朝準備し出かける。この様な生活が3月末から既に3ヶ月が経過している。冴子のストレスは爆発寸前。矛先は夫と長男、そして職場では上司、同僚に向かってしまう。

最近緊急事態宣言が解除され、休日には家族で近くのレストランに食事に出かける事もあるが、その程度で冴子のストレスは解消されるはずもない。

パート先物流センターへの通勤

朝8時30分に家を出て近くの駅まで歩く。今日は梅雨の晴れ間で路地の紫陽花が輝く。物流センター近隣の駅まで電車で30分、緊急事態宣言のさなかは電車も空いていたが、解除後の今日この頃は徐々に混み始め密の状態である。コロナの恐怖を感じながら駅に到着。駅前のターミナルには既に物流センターで働く仲間が数十名並んでいる。並んでいる人の2/3は中近東、アジア系の人達である。5年前この物流センターで働き始めたころから、外国人労働者の比率は今も変わらない。

駅から物流センターまでは、専用バスで送迎される。コロナ禍の前はほぼ満席になるまで乗車していたが、コロナ禍以降は便数を増やし、1座席1人の間隔を空けた乗車となっている。物流センターに到着すると一人ひとり、健康チェック、体温測定、手の消毒が行なわれ、控室に移動する。冴子の仕事は2年前に現場でのピッキング作業から、入荷トラック、店舗配送トラックの伝票確認、入力業務など事務所業務に配転になっている。

物流センター課長 小宮山の日々の現場管理

物流センター業務課長の小宮山は、毎朝6時30分には物流センター事務所に到着し、今日一日の作業予定をチェックする。この時期、熱中症対策が毎年の恒例業務となっている。昨年の暑い夏は現場で作業者が熱中症で倒れ、救急車で運ばれるという騒動があった。物流センターでは特にこの時期、暑さと湿度で熱中症のリスクが高まる。荷受け場、出荷場、ピッキング作業場などでは室温35℃、湿度90%を超えることもある。熱中症は命に係わる重大災害となる可能性があり、現場を預かる小宮山にとって一時も気を緩める事が出来ない時期である。朝の始業前ミーティング、KY(危険予知活動)、健康チェック、水分・塩分補給準備、小まめな休憩、送風機を使った現場換気などハード対策も欠かせない。

そこに今年はコロナ対策が加わる。マスク着用、3密回避の作業レイアウト、作業方法、シフト体制等々、多くの対策を実施しているが、小宮山にはまだまだ安心できる状態ではない。熱中症対策とコロナ対策には暑さと感染症防止という相反する対策が必要となる。これぞという対策は見つからないが、各自の意識と、職場対策で防止する以外方法が無い。考えられる対策は全て実施することとしている。

韓国の通販物流センターでコロナ集団感染が発生し、物流センター全体が閉鎖されたニュースが最近流れた。小宮山も、もしこの物流センターが閉鎖された場合、全ての店舗への商品供給が出来なくなり、社会生活に与える影響は計り知れないものと自覚している。絶対にコロナ感染を防止し、物流センターを止めない事が自分の使命であると自覚し日々取り組んでいる。

物流センター現場作業

この物流センターでは、関東近郊の数百の店舗(スーパー)に、食料品、日用雑貨、衣料品などの生活関連商品を毎日供給している。これら商品の出荷量はコロナ禍の中でも減っていない。むしろ食料品、日用雑貨は、巣篭り消費でコロナ前の通常月より増加している。物流センターは15年前にこの地に建設され、これまで建屋の増設、物流機器の増設、入れ替え等実施されてきた。

店舗商品棚の商品在庫が発注点を切った時に、自動発注システムが働き本部情報システムを経由し、問屋、メーカーへの商品発注が行なわれる。

発注商品は毎日大型トラック(ウイング車)で物流センターに納品される。衣料品は輸入品が多く輸入コンテナで搬入される。大型トラックでの搬入商品はパレタイズされている場合が多く、フォークリフトで卸されるが、輸入コンテナの場合は、ダンボール箱がバラ積みされている事がほとんどで、卸し作業(デバンニング作業と言う)は全て作業者の人手作業で行われる。1コンテナ1時間以上かかる事もたびたびである。現在熱中症、コロナ対策が必要な過酷な作業環境の中で、大変な重労働となっている。

商品は仕分けコンベアに載せられ、そのまま店舗別に仕分けされ店舗供給トラックに積み込まれる場合と、一旦物流センター内の自動倉庫、保管スペースに在庫される場合がある。

仕分コンベアへの投入作業(コンベアに載せる作業)、および仕分の為のラベル貼りは全て人手で行われている。高速で流れるコンベアへの投入、ラベル貼りは大変な重労働であり、危険を伴う作業である。これら作業は外国人労働者が主に行っている。

コロナ禍の中、日本に在住する外国人労働者の方々の作業に負うところが大きい。日本での生活習慣、宗教感、仕事意識の違いにより、戸惑う部分が多いようである。現状物流センターは一部自動化が進んでいるものの、設備の老朽化、陳腐化(商品特性の変化)により、システム間の結節点で、人手に頼る作業が多く発生している。

設備能力をオーバーする作業ピーク時には、人海戦術による商品の移動、仕分が行われる事もある。

小宮山は、現在の作業方法に無駄がある事、安全上も多くの問題がある事など、改善の必要性を強く感じている。しかし日々の仕事に追われ検討する余裕がない。また具体的にどのように改善を進めたら良いのか分からない。などで着手できないでいた。

小宮山はこのような状況の下、半年ほど前にセンター長の長澤に相談し、物流センターを抜本的に改善することの必要性を提言した。

長澤も常日頃から、物流センターの大規模改善の必要性を感じていたことと、親会社の経営幹部からも改善を求められていたことから、改善プロジェクトの発足を決断した。しかし、社内にこれを進めるスタッフがいないことから、日頃お世話になっている物流機器メーカーの営業に相談することとした。

物流センター改善プロジェクトの発足

物流センター長の長澤より相談を受けた物流機器メーカー営業マネージャーの杉山は、早速上司に相談し、共同プロジェクトを編成し共同体制で進める事を提案した。杉山が中心となり社内でプロジェクト体制編成の調整を開始した。今回のプロジェクトは物流センター再構築の総合エンジニアリングとなるため、その技術と経験を持つ社外コンサルタントを加えプロジェクト体制を強化することとした。社外コンサルタントには、特にプロジェクトの進め方、検討手順等プロジェクト推進支援をお願いする事とした。

プロジェクトは順調にスタートし、データ分析、現場調査・解析、方針確認等を行い、基本計画書提案書まで出来たものの、今回のコロナ禍でプロジェクトは中断せざるを得ない状況となった。 (( つづく ))

本文は全てフィクションであり、登場人物、場所、設備など、全て架空のものである。次回コラムで、改善プロジェクトの発足から活動状況、問題解決など、今回のつづきをドキュメンタリータッチで作成、掲載する。

この記事の作者
コラム記事のライター
青木規明 

生産ロジスティクス研究所
技術士(経営工学部門、総合技術監理部門)
aokilog.lab@kch.biglobe.ne.jp

お問い合せ

コラムやセミナーなど、お気軽にお問い合せください

お問い合せ