物流の持続可能化とSDGs 危機の時代の物流リーダーに必要な「決意と人格」

◆歴史上最も平和な時代
アメリカの心理学者で人類史・科学的根拠に基づいた啓蒙主義論客として知られるスティーブン・ピンカーは、2011年の著書「The Better Angels of Our Nature~Why Violence has Declined(人間性の善なる天使~なぜ暴力は減少したのか/邦題「暴力の人類史」)で、こんなメッセージを伝えてくれている。
『あなたが現在の世界に暴力が満ち溢れていると、どれだけ思っていようが、事実は、暴力はこんなにも減っている』 『現代は歴史上最も暴力の少ない平和な時代である』
彼は数千年の人類史をつぶさに辿り、被殺人者数・戦乱による死傷者数などの統計データを駆使し、このことを証明してくれたのだった。
ただし最終章で、「将来再び、新たな戦乱やテロが起こらないというわけではない(趣意)」と付け加えることを、彼は忘れなかった。2025年の今、暦(こよみ)を数百年分巻き戻したかのような為政者の相次ぐ暴虐に直面している私たちは、「やっぱり世の中、うまくいかないもんだなあ…」と嘆息し日々を過ごしている。この揺り戻し被害を最小化することに、私たちは全力を尽くすしかない。
◆忘れられたSDGs
2015年9月に開催された「国連 持続可能な開発に関するサミット」において、参加国の全会一致で採択されたSDGs(Sustainable Development Goals、持続可能な開発目標)を、知らない人はあるまい。人類が2030年までに達成すべき17の共通目標を定めたSDGsは、ピンカーの言う通り人類が平和と共存への試行錯誤を数千年間続けてきた、その精華だと私は思う。今さらだが忘れてしまっている人も多いだろうから、17のゴールを掲げておこう。
各ゴールについて、達成すべき169のターゲット(数値目標)も設定されている。今私たちがこれらの目標をクリアしない限り、地球社会を持続的な発展過程に維持することは困難になる。「このままじゃ、ホント、ヤバい!」「なんとかせなあかん!」という共通認識がその原点にあつたはずなのだ。以来10年。
それが、今や2030年のタイムリミットは5年後に迫っているというのに、明らかに世間のSDGsへの関心は低下している。2020年からのコロナパンデミック、国際サプライチェーンの大混乱、ロシア-ウクライナ戦争、イスラエル-パレスチナ戦争、そしてトランプ大騒動と、あまりにも世界的な混乱要因が重なったから――と言い訳はいくつでもある。だが、飢餓も貧困も環境破壊も気候変動も、人間の都合を忖度してはくれない。むしろそれら要素はどれも、地球社会への害悪を助長し続けている。
それでいいのか? いいわけが、ない!
◆では、どうするのか
では、物流に携わる私たちに今、できることはないのか?
「ある」。私はそう断言し、物流ジャーナリストとして独立後の5年間、たび重ねて「働く人と地球社会の未来を守るため、物流でこんなことができるよ! やろうよ!」と提言を続けてきた。ここではSDGsのゴールを対照させ、3点だけを端的にまとめたい。
<SDGs⑧働きがいも経済成長も>
SDGs8は、人々の暮らしを豊かにするための経済成長や雇用を推進する目標。「すべての人々のための包摂的かつ持続可能な経済成長、雇用およびディーセント・ワークを推進する」とある。「ディーセント・ワーク」とは、「働きがい・尊厳のある人間らしい仕事」を意味する。
私はここから「物流で働く人を守れ👉物流(という仕事)をディーセント・ワークに」と主張してきた。それには誇りを持って働ける賃金と労働環境の整備が必要条件になる。実は「SDGs①貧困をなくそう/SDGs⑩人や国の不平等をなくそう」も途上国だけの問題ではなく、虐げられたドライバーや氷河期世代ほか非正規雇用者の待遇改善という意味で、わが国物流分野で働く人の環境改革に直結する目標だ。またデジタル自動化・省力化による3K克服や、心理的安全性の確保でエンゲージメントを向上させる……等々の具体的手段がいくつもある。
これらに真剣な対策を取らない限り、働く人は物流という仕事に魅力を感じず、すぐに辞めてしまいかねない。生産年齢人口が急減するこの四半世紀、働く人にそっぽを向かれたらドライバーも現場作業者も集まらず、「運べない」「入出荷する人がいない」時代が本当にやってくる。私たちは何としてもSDGs8を達成し、この危機を回避せねばならない。
<SDGs⑦エネルギーをみんなに そしてクリーンに>
<SDGs⑬気候変動に具体的な対策を>
エネルギー問題はまさに、物流と地球環境の持続可能性に直結する課題だ。国内で物流(運輸・倉庫)部門の排出するCO2の量は、全体の約2割に達する。大変な比率である。そして現在音を立てて進行中の気候変動・地球温暖化、いや沸騰化が、このCO2によって加速されている。2年間続いた史上最高に暑い夏は、「もう地球、ホントにヤバいぜ!」の強烈なアラームであったのだ。去年の地球の平均気温上昇幅は既に、「1.5℃」を越えてしまった。
ひと言だけ因果関係を説明すると、地球温暖化の主要因は温室効果ガスの増大であり、中でも突出して寿命の長い(数百年以上とも言われる)CO2の排出量増加が最大の原因をなす。その暴走を食い止め、地球環境を平穏に維持するために不可欠な目標として、「産業革命期からの平均気温上昇を1.5℃以内に」とどめることで世界が合意した。その達成に必要なCO2排出抑制量も科学的に計算されていて、IPCCによれば数年内にCO2排出量を劇的に抑制しない限り残された「炭素予算」は使い果たされ、「1.5℃目標」は達成不可になってしまう。
なぜ「1.5℃以下」なのかというと、この「ティッピングポイント」を越えたら、気候は二度と元に戻れない破壊的な変動サイクルに突入してしまう可能性があるからだ。このままでは今世紀末には海面が1-2m上昇し、大雨・台風・洪水・山火事等の被害はさらに激甚化し、穏やかな気候と地球環境が永遠に失われる可能性がある。何としても食い止めねばならない。
だからトラック車両や船舶ほかの内燃機関での、化石資源の燃焼によって直接排出されるCO2(Scope1)と、消費電力の発電時に排出されるCO2(Scope2)を、可及的速やかに削減し、カーボンニュートラルではなく、「カーボンゼロ/ネガティブ化」しなければならない。再エネ由来電力の爆速拡大、EV/FCEV/バッテリー技術開発、共同化など積載率向上策……物流SDGsの達成手段は相当に準備が整ってきた。全部の駒が揃うのを待つのではなく、今すぐ・できることから・すべて、やらねばならない。でなければ間に合わない。私たちは可愛い孫・ひ孫の世代に、「荒廃しまともに住めない地球」という最低の置き土産を遺し、逝くことになる。そんな無責任な生きざまがあるものか!? 断じて許されないことだと、私は思う。
<SDGs④/質の高い教育をみんなに…変革リーダーの人格錬磨:HXでGX/DX/EX>
以上の私の主張は、①物流で働く人を守れ!(労働環境の改善)、②地球社会の環境を守れ!(物流由来の環境負荷低減)――に収束する。その実現には、物流に係わる製配販の荷主企業と物流企業、なかんずく経営管理者・リーダーの自覚と決意が不可欠になる。
その推進リーダーに必要な資質は、何だろうか? たとえば国土交通省は「高度物流人材」の要件として、①デジタル化に対応し、データドリブンで思考する能力、②サプライチェーンを全体最適化の視点からマネジメントする能力、③社会変化に対応し、新技術導入や異分野連携を推進できる能力――を挙げている。ごもっともではあるのだが、まだ何かが足りない。そう考え続けた結果、私はこんな結論に辿り着いた。
……確かにこうした「遂行能力」の教育は必要だ。けれども、それらの行動に至る大本(おおもと)に、強い動機、使命感がなくては始まらないor続かない。リーダーには「働く人と地球社会を何としても守らねば!という決意/高き志に満ちた人格」が必要だ。付け焼刃に持続可能性はない。危機の時代の物流リーダー育成に必要なのは、「人格の錬磨・陶冶」だと私は思うのだ。
こうした人間自身の改革を、私は「人間性革命(HX:Humanity Transformation)」と呼ぶ。HXをピンカーの「The Better Angels of Our Nature」になぞらえ、本邦の仏教式に表せば、天使ではなく「The Best Budda of Our Nature」、「仏の生命」を成(ひら)くこと、と言っていい。仏法では一切の差別なく、すべての人が平等に「ブッダ=仏」という最高の人間性を潜在的に備えていると説く。ブッダとは歴史的人物であるゴータマ・シッダルータの個人名や神様とかではなく、誰もがもつ生命の境涯・レベルを示す「十界」(地獄界・餓鬼界・畜生界・修羅界・人界・天界・声聞界・縁覚界・菩薩界・仏界)の最高位を示す名である。
このHX人材こそがグリーン革命=GX(Green Transformation)とデジタル革命=DX(Digital Transformation)、従業員体験改革=EX2(Employee eXperience Transformation)を推進し、物流と地球環境を持続可能にするのである。
そんなリーダーが1人立ち上がれば会社全体に、そして業界、産業界へと変革は波及する。それが一国の変革につながり、同じ使命感を持つ国が協働すれば、世界を変えることだってできる――私はそう考えている。理想論ではある。しかし決して、妄想ではないはずだ。
この記事の作者

菊田 一郎
エルテックラボ 代表