物流回想録<最終回>物流史観について
2024年問題
物流「2024年」問題が大きな関心を集めている。トラックドライバーの時間外労働時間が年間960時間に制限されることで、従来通りの輸送能力が確保できなくなり、物流の停滞が懸念されるとの危機感から物流改革の議論が広がっている。しかしながら、少子高齢化の進展が始まって以来、労働力不足は指摘されていたことで今急に出てきたことではない。元々運送業界はきつい労働の割に低賃金で、長時間労働が当たり前の仕事として世間で認識されていた。それがここ30数年程前から、宅配便に代表される「物流の役割変化」による輸送の安心、安全、便利を実現する重要な機能を持つ社会インフラとしての機能を担うこととなった。戦前・戦後を通して物流は主として産業構造の担い手としての役割が大きく、消費生活には直接関与することは少なかった。一般的なイメージとしては、ダンプトラックは「怖い」という印象があった。トラックが毎日の消費生活に寄与する「宅配便トラック」は想像できなかったのである。
しかし、物流全体でみると、低運賃・長時間労働解消等の問題は殆ど改善されておらず、抜本的な改革が必要なことを露呈しているのが今回の特徴である。
サービスは有料である
おもてなし、というサ-ビスにコスト意識はあるのか?日本人の感覚では、金銭を伴わない労働は潜在意識として、サ-ビス=無償、というイメ-ジがあった。現在でも宅配時に顧客不在による再配達は無料であることに違和感を感じない人は多いと思われる。物流作業の現場にいると、各種の例外処理が発生し、その都度通常の作業を中断して問題解決に時間を割く必要が出てくる。時には全体の作業が遅延を余儀なくされ時間内で終わらず残業することも度々出てくる。繁忙期にはそれでなくても人員不足で大変なのに事故や天候不順による各種の遅延状況が出現すると混乱が大きく成り勝ちである。まさに、物流サ-ビスは時間との勝負である。三十年ほど前に筆者が一部上場企業の物流センタ-長だった時に、関係社員の意識改革の為に宣伝部に依頼して、物流センタ-の入口に「サ-ビスは有料である」という大きな看板を掲示したことがあった。頭ではわかっているつもりでも、実際の行動で効果を実証する事の積み重ねが必要である。物流の重要性を理解していても実際どこの部分・作業等でコストが掛かり、無駄が発生しているのかを正確 に把握することは難しく、それを解決する方法はさらに、厄介な場合が多い。
明治地代以降、我が国では社会経済的に、物流の意識は薄く産業の縁の下の力持ち、としての役割認識しかなかったようである。従って、物流に対するコスト意識も限定され、物流業界が低賃金で長時間労働が当たり前のような事業構造であっても、その解決方法は良く分からないと言えよう。
ここ二十年間で、我が国のトラック運賃が低迷している間に米国のトラック運賃は毎年3~4%ずつ上昇し、我が国のトラック運賃との差は大きく開いてしまった。わが国経済の低迷が原因であることは疑いない。しかし、そんななかでは、少し明るさも見えてきている。
新興3PLへの期待
それは、物流業界でも進展が著しいサードパーテイ・ロジスティクス(3PL)を実践している物流事業者が大きな成果を挙げて業界のリーダー役を果たしていることである。トラック1台で、文字通り「裸一貫」でスタートして現在は東証一部上場企業として、儲からないと言われている業種の中で、大企業でも数少ない売上高営業利益率が10%前後の好業績を上げている複数の物流事業者が活躍している事実がある。他の製造業や販売業と同じように毎年100名以上の大学新卒生を採用し、業界平均より高い賃金を払い、離職率も少ない。
物流ノウハウを活かした経営手法により、十数年にわたって増収増益を実現している。
戦後の物流業界を「宅配便」で物流革新により、物流のイメージを一新し社会インフラとしての地位を築き上げた「ヤマト運輸」に次ぐ「3PL」事業者として、物流革新のリーダーとしての役割を担える存在に成長し、これからの物流業界をレベルアップすることが期待される。
業界全体の発展をめざして
1990年代からのインタ-ネットの出現とICT技術による物流情報のリアルタイム化やロボット技術の活用による物流センタ-の無人化推進、更には今後のAIの利用による自動車無人運転の推進、ドローンによる無人航空搬送等々、物流を取り巻く新しい技術の開発進展が考えられるが、その際に重要なことは新しいシステムに応じた、新しい考え方を導入し、付加価値が期待出来るシステムを構築し、今までのような利益が期待できないシステムや考え方を捨てて業界全体が繁栄できるような理念・哲学に立った合理的でわかりやすいシステムを目指すことが肝要である。過去に積み上げてきた物流ノウハウに加えて更なる創意工夫と努力で広く社会的に認められるような消費者に喜ばれる物流の構築が望まれる。(完)
この記事の作者
田中 憲忠
有限会社セントラル流通研究所