物流塾

物流回想録<続々15回>物流人材について

はじめに

わが国経済の低迷が言われて久しい。今年の春にようやく賃金の引き上げに踏み切る企業が増加したが、物価上昇を考慮に入れると値上げ効果は出ないレベルに止まる状況であった。企業利益の多くは大手企業における海外からの利益還元がおおく、国内での利益水準は低いままである。

海外大手企業の売上高営業利益率は10%を超すのに対して、我が国大手企業の平均は5%を下回る企業が多くみられる。これでは賃上げしたくても難しいと言わざるを得ない。物流コストを比較しても、海外企業のコストは我が国企業より高いケースがみられるが、利益率が高いので経営全体ででは十分に利益が確保できている。高い利益が期待できるような新製品開発やより一層の生産性向上の努力が期待される。

しかし、人口が減少し市場が縮小する傾向の現状では販路拡大や利益拡大策は取りにくいのも事実である。しかしながら、売上・利益とも大幅に伸ばしている企業も存在する。ニトリ、ファーストリテイリング、アイリスオーヤマ等は低迷する我が国企業を尻目に30年以上増収増益を達成している。売上高営業利益率も高く、令和4年3月期で、ニトリが14.8%、ファーストリテイリングが12.4%、アイリスオーヤマは2021年3月に経常利益率11.4%の実績を残している。3社に共通しているのは、トップマネジメント自らが率先して物流システムに関与している事実である。ニトリは「物流小売業」を掲げて物流を重視し似鳥社長が海外にも直接でかけ、物流コスト削減策を実行しており、アイリスオーヤマは「製造物流業」(メーカー・ベンダー)として独自のビジネスモデルを構築。国内すべての取引先を「1日配送圏」に取り入れ国内9工場は全て物流センタ-を兼ね備え、メーカーと卸の機能を一体化し小売店へ直接納品する仕組みである。物流費の削減と中間マ-ジンのカットを実現。ファーストリテイリングの柳内社長も自ら、最初は大和ハウス工業と合弁で千代田区有楽町の本社に物流センタ-を併設したが、成果が出なかったため物流設備世界一のダイフクと提携し全自動の物流センターを再構築して成功し、大幅なコストダウンを図っており、1,000億円をかけて同様なシステムを世界に展開を図る計画である。

物流改革を進める人

「物流改革はトップマネジメント・マター」であるといわれている。

筆者も、かつて所属した東証一部上場企業の物流改革に関与した時経営トップが積極的に関与したおかげで成功できた経験がある。

改革の内容は多岐にわたり、在庫削減により人員カットや人事異動等が必要になり、保管スペースの削減、売却の実行、外注している。

物流業者の入れ替え、統合化された新規保管設備の建設等通常の業務では発生しない一度限りの、初めての経験が複数存在する。

当然、多額に費用が発生するため企業全体の資金繰りが前提となる。

改革にあまり時間は掛けられず1~2年で成果が見込める状況に実現することが求められる。現場の責任者にも経営学の知識や会計学の知識が必要である。売上高営業利益率がどの程度の上昇が見込めるか設備資金の回収にどのくらい時間が掛かるかシュミレーションする必要がある。メーカーであれば生産部門との連携が不可避であり需給調整による部品在庫や原材料在庫の把握、ERP調整等が必須の要件であり、顧客への納期との整合性の確保が前提になる。データベースを基本に統計学の活用で毎日大量に発生する各種データの正確な処理とそこから得られる企業として進むべき方向性を明確にしていくことになる。

物流改善、効率化だけでは解決しない課題であり、物流部門だけの問題ではなく、全社を挙げての業務改革になる。

表題に掲げた「物流人材」とは「物流改革」を実践できる人財を意味している。誠に遺憾ながら我が国企業の多くは、物流システム等を重要視する傾向はみられなかった。上述した3社に見られごとく物流改革に成功した暁には、長期にわたる増収増益の企業体質が構築されることが実証されている。業種業態に関わらず得られるメリットは大きい。しかしながら、改革にふさわしい人材の育成は難しいと言える。

物流の見える化

過去には物流は外注するか、物流子会社に任せる企業が大多数であり本体の物流部門は全社の物流実態を把握出来ていなかった事例が多い。

全社の在庫を全てリアルタイムで見える化している企業は少ない。

企業規模が大きくなると、物流一元化は簡単ではない。物流は企業文化と深い関係にある。企業買収で物流の規模拡大のメリットを追求しても効果が得られなかった事例が多いのも企業文化の違いを克服できなかった事が原因にある。実際筆者が関与した日本一の食品加工メーカーの事例でもM&Aの繰り返しで売上規模は大きいが全国の工場で在庫管理の一元化が出来ておらず利益率が低かったが、物流システムの再構築により画期的に利益が増え、現在ではそのノウハウを活かして、物流の効率化に止まらず、同業他社の物流業務を受託して利益を増加させている。まさに、物流戦略の究極の目的である「物流システムで大きな利益を獲得できる企業体質の構築」に成功している。

物流人材の採用

物流の専門知識を有する人材を採用して戦略システム構築を試みたいくつかの事例をみてきたが、なかなかトップが満足できるような成果は出なかった例が多い。歴史のある老舗企業の物流現場は企業風土と伝統に強いこだわりが存在しているうえに、新しい取組がうまく機能しなかった場合の混乱や顧客対応について責任問題や危機感を持っているので現状変更に強い抵抗感が存在している。外部からの新参者は受け入れにくい状況が普通である。

改革当初にちょっとした成功事例を見せることが重要な意味を持つ。改革理論の正しさを証明できる。現場の苦労を和らげてくれることは大歓迎なのである。物流の現場に宝物が転がっている、とは良く言われることでもある。似鳥社長の事例でいわれたのは海外のベッド製造工程で、マットレスが大きく輸送運賃が高いので社長自らがマットを巻いて梱包したところ、大幅に費用が削減できたことで、現地の従業員が感銘を受けた、というエピソードが伝えられている。経営者自らが本気で現場の状況を改革する姿勢がカギである。外部から入社した専門家が見落としがちなことである。

物流人材の登用

「着眼大局・着手小局」広い視野で物事を全体的に大きくとらえ、その要点や本質を見抜き、実際に取り掛かる時には、細かなところにも目を配り、具体的に実践していくこと。昔から伝えられてきた言葉であるが、特に物流改革にはピッタリ当てはまると言えよう。

目の前の改善・改良に関わっていると、改革は荷が重い。衆知を集めた「改革プロジェクト」を提案し、全社的な業務改革に挑戦することでトップマネジメントの了解を得て実現への道を進めることになる。この過程を経ることで、人材が育成されるのである。

試行錯誤や失敗を経験することで鍛えられることが多い。通常では得られない貴重な訓練が人間を強くする絶好の機会となり、「人財育成」の基本になると考えられる。

 

この記事の作者
コラム記事のライター
田中 憲忠

有限会社セントラル流通研究所

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