物流塾

続々・物流回顧録:M&A異聞

1.はじめに

 日本経済の長期低迷に加えて世界環境もウクライナ問題等で先行き不透明の影響からか企業行動は、グローバリゼーションの広がりとともにM&A(Mergers and Acquisitions:企業合併・買収)が増加する傾向にあるように思える。M&Aとは企業が急速な成長・発展を図る手段として合併・買収を行う企業戦略の一つで、自社に不足する経営ノウハウや人材の確保等を通じて市場制覇を目指し、新しい市場に短時間で参入し成長発展の実績を獲得しようとする活動をいう。

M&Aが増加する理由として以下のようなことが挙げられている。

  • 先が見えない、急激な市場変化に対応する為
  • 業界を再編成して市場制覇を狙う

  • 規模拡大によるスケールメリットを追求する。

  • 互いの強味を活かした相乗効果を発揮し、短時間での効率向上と業績向上を目指す

  • 規業種への進出をめざし、業態変換を志向する。

 等が多数を占めている。
 コロナ禍後の市場動向としては、2008年のリーマンショック後急速に増加したM&Aは2019年は年間で4,000件以上あった。2020年の前半は停滞したが6月以降はこれまでと同水準へ回復した。デジタルトランスフォーメーション(DX)をはじめとした新規事業への迅速な投資、規模の拡大、シナジー効果を求める事例が増加しており、海外進出に伴うM&Aも増えている。
 売却企業側には、早急な資金調達の必要性が高まっていることも増加の要因になっているとみられている。

2.M&Aの成功と失敗

 我が国に於けるM&Aの成功は目標達成率が80%を超えることとされているが、その基準にあてはめると36%に留まっており、2018年8月の日経新聞電子版によると日本企業の海外買収成功率は10~20%であるという。失敗例のほんの一部を見てみると、

  • 2006年:東芝→2006年、ウエステイングハウス(アメリカ)
     失敗原因としては高値つかみ、買収後の統合プロセス(PMI)失敗、買収後のガバナンス欠如。不正会計問題につながり、ステークホルダーから大きな非難を浴びた。

  • 2011年:キリンホールデイングス→スキンカリオール(ブラジル)
     失敗原因は競合調査とマーケテイング調査不足

  • 2014年:LIXIL→クローユ(ドイツ)
     失敗原因 簿外債務の見落とし。(不正会計処理)

  • 2015年:日本郵政→トールホールデイングス(オーストラリア)
    失敗原因 国際宅急便市場に対して戦略不足で主導権が獲れず、4000億円の損失を余儀なくされた。

 失敗の原因は様々ではあるが大きく分けて以下の5点に要約される。

(1) 適切な価格での買収・・・買い取り価格ありきの買収

(2) 企業価値評価を過信・・・実態が良く分からなかった。

(3) 損益の見通しが甘い・・・M&Aのゴ-ルが不明確、買収企業の財務  状況やコンプライアンスについての専門家による調査依頼回避・簿外債務や海外債務の有無確認のモレ。

(4) 相乗効果が得られない。

(5) 買収後の統合プロセス(Post Merger Integration:PMI)の失敗

①経営面、制度面、業務面、意識面等様々な側面で企業同士の統合が必要となるが、うまく機能しない。

②組織内外の混乱、企業文化の違いから従業員が大量離職したり、取引先との関係悪化などマイナス面も多くみられる。

 M&A後の制度改革・各部門の業務の統合・システム統合などPMIは「計画が最も重要」といわれている。プロジェクトリーダーの人材確保が重要とされているが、現実には困難が伴う。

3.M&Aの評価・研究

 2010年東京大学副学長大橋弘教授が、1970年から40年後になって八幡製鉄と富士製鉄の合併に関するM&A評価・研究論文が発表された。当時、公正取引委員会(公取委)も入って市場に対する競争制限効果と企業の生産性向上効果をどう見るか国民経済的観点から議論が戦わされ、市場占有率の妥当性をめぐって検討が行われ、公取委は条件付きで認可した。

 論文では、その後の設備投資の拡大(連続鋳造設備の改良や大幅導入等)を通じ、生産効率を大きく向上させたとして定量評価を認め、市場評価は、成功としている。

 前述(5)項に関連して物流実務家としての筆者の評価では、このM&Aは成功したとは言い難い。理由としては、1970年当時の物流業務は、八幡製鉄は100%子会社の日鉄物流が担当し富士製鉄は同じく100%子会社の富士物流が行っていた。親会社が統合したので物流を担当する子会社同士もスケールメリットを追求して物流コストダウンを図る必要が出てくる。取り扱う物流量は単純に言えば2倍になるので物流コストは半分で済む計算になる。実際はそうならなかった。

 両社の本社がある福岡県の八幡市と岩手県の釜石市にはお互いに車両の乗り入れができないという普通では考えられない状態が、筆者の知る限り、ほぼ20年間続いた。

 筆者は日鉄物流のコンピュータシステムの構築・支援を行っていたが、統合時の役員が退職後に正常化した記憶がある。

 輸送コスト削減に最も効果があるのは帰り荷物の確保である。

 九州の八幡から鋼材を東北方面に輸送した帰りに釜石で九州方面行きの貨物を確保できれば大助かりでありその逆もある。それがお互いの敷地に入れないというのは大変な損失であり、M&Aの目的とは全く相反する状況になってしまう。常識では考えられない状況が出現した背景には様々な事情があったようである、今までお互いの物流会社同士は鉄鋼の物流で多くの実績があり、特に大型トレーラー輸送のための「最適輸送経路の選択システム」運用ノウハウを保有し、効率輸送を実践してきたというプライドがあり、親会社が統合したからといって安易に今までのシステムを変更するわけにはいかない理屈が存在した。システム変更には多大な時間と費用が発生することも理由に挙げられよう。

 2012年1月1日、日鉄物流と日鉄運輸が事業統合し親会社の統合から42年後にようやく物流シテムの一元化が完了した。

 親会社のM&Aと物流子会社のM&Aが別々に実施されるという前代未聞の事態が延々40年に渡って続いていたことは一体全体M&Aとは何か?と思わざるを得ない。日本製鉄という日本一の鉄鋼会社でも実態はこのような状況であった。

 過去にM&Aを実施した当時の経営者の多くが物流システム統合による相乗効果の発揮に期待を表明した事例を数多く見かけたが実際の結果を見ると殆どが物流コストダウンに繋がらず相乗効果が出ていない。企業文化、歴史風土の違いに加えて、実際の物流業務のノウハウを持たない企業が殆どで、現場は下請け外注任せの体質は変わっておらず、急に統合化で「物流革新」を実現しなければならないことになっても相当な時間をかけなければ難しいのが物流システムである。かなりうまくいったと思われるケースでも最低3年はかかっていたようです。

4.おわりに

 筆者が経験したM&Aに失敗した別の事例では、何度ものM&Aにより加工食品業界では日本一の売上高を達成した有名な一部上場企業の物流システム再構築を担当した時、全国にある11工場がそれぞれ統合以前のシステムを別々に運用し、同一商品なのに工場毎に別々の商品コードを使っている等システムがばらばらで一元化されていない等のお粗末な状況が続いていた。その後3年間のシステム再構築により、決算発表で売上げは3%しか伸びなかったが物流システムによるコストダウン効果で利益が13%増加し、IT投資も回収できた、という発表があり、ようやくM&Aの失敗をカバ-できたという体験をしたことがありました。

                     

この記事の作者
コラム記事のライター
田中 徳忠

 (有)セントラル流通研究所

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