物流塾

物流という社会インフラを死守するために(上)

はじめに

 筆者は会社勤務時代に物流管理を担当したことがある。その時に感じたことはあまりにも会社全体で物流への関心度が低く、組織の中での地位も低かったことだ。物流を何とかしたいといろいろと発信したが、上位者からは「物流タコツボ」にはまるな、という指摘を受けたことを覚えている。物流をミクロ視点でとらえすぎ、周りが見えなくなるという危惧から来た言葉だったと受け止めている。

しかしある程度の物流への関心は必要だ。そこで将来的に日本のサプライチェーンを途絶えさせないための方策について2回に分けて論じていきたい。

物流という空気のような存在

昨今の新型コロナ騒動のような有事の時に注目される産業が運送事業だ。私たちは運送事業者が日用生活物資を配送することによって手に入れることができる。一般消費者は日常生活の中で配送業務を意識することは稀だろう。せいぜい宅配事業者が玄関先までものを届けてくれることにありがたみを感じるくらいではないだろうか。皮肉なことに私たち物流が注目されるのはこのような「有事」の時だけだ。震災の時もコンビニから一斉に商品がなくなり、それを補充したのも運送を含めた物流事業者だ。「物流の大切さを実感した」という消費者もいる。でも喉元を過ぎ平時を迎えるといつの間にか忘れ去られてしまうのが物流という存在だ。

一時期宅配の配送担当者の仕事は本当に大変だ、との報道がワイドショーで取り上げられたことがあった。この時にはそれを見ていた主婦を中心に、安易に通信販売を利用するのは配送担当者に気の毒だとの世論が形成されたこともあった。不在に対する再配達は迷惑をかけるので気をつけようといった意識が芽生えたこともある。でも今は世の中がこのような状況なので、宅配は増加傾向にある。

物流は物理的には非常に重要な機能であるにもかかわらず、ユーザーにはあまり関心を寄せられない空気のような存在だ。「空気」は生きていくために欠かせないものであるとともに、人々には見えないものだと考えればイメージがわきやすいかもしれない。だからあまり物流という機能について知られていない。知らないから意識にも浮かぶことのない「物流」という仕事に就こうと思う人が少ないことも自然だ。

物流への関心度を高めるためには

 そうは言っても今の状況を放置しないほうがよい。物流、とりわけ運送事業では就業者の高齢化が進んでいる。運送事業の中でもドライバー職に就きたがる若者が極めて少なく、現役ドライバーが年々年を取っていった結果が図1に表れている。筆者の親しいタクシードライバーの方がいる。その方は大型トレーラーで日本全国を駆け巡り、牛乳の輸送を行っていた。しかし60歳を迎えて体のしんどさからタクシードライバーに転身されたとのことだ。何がしんどかったかというと、荷物の「手積み、手降ろし」。荷主は積載率を重視し、パレットを使わなかった結果、このような過酷な荷役が必要となったのだ。

今はまだ現役世代が頑張っているため運送実務が成立しているが、今後この状況はさらに厳しくなると推測される。図2をご覧いただきたい。トラックドライバーの確保がいかに大変になってきたがわかるだろう。この状況がさらに悪化する時に備え、運送事業に若者を引き寄せる必要がある。残念ながら日本経済が壊滅状況となり、運ぶ荷物が激減することもあり得ない話ではない。しかし1億2000万人の一般生活を支える物資を配送する業務はなくならない。経済情勢がどうなるかを見極めながら、若者に物流という仕事を担ってもらうことを考えていきたい。

物流という仕事はそれ自体を本業としている運送事業者と倉庫事業者だけに存在するわけではない。メーカーや卸、小売にも物流の仕事は存在する。農林水産業でも同様。でもこれらの産業でも物流をよく知る人は少ない。その一番の理由は「物流に対する関心度の低さ」だ。筆者がいた製造業では40年ほど前から「物流は宝の山」という言葉が言われ続けてきた。改善のメスが入っていない物流には多くの収益改善のネタが転がっているということを「宝の山」と称しているのだ。かといってその宝の山を掘ろうとしない。なぜならどこに宝が埋まっているのか(物流上の問題点)わからないし、仮に場所が分かったとしても掘り方(改善ノウハウ)を知らないから。

ざっくり製造業の平均的な経常利益率を見てみるとそれは4%だ。一方、物流コスト比率は8%程度であると思われる。よく物流コスト比率が4~5%というデータを見かけるがこれは正しくない。これは対外支払い物流コストしか捉えていないから。少なくとも物流コストはその会社の経常利益より大きいことだけは確かなようだ。この事実をどうとらえるかは会社によりまたは担当者によって変わってくるだろうが、筆者が経営者であったとしたら見過ごせない事実として物流改善に取り組ませることだろう。

そこで社内で物流への関心度を高める第一歩は、この経常利益と物流コストを調べ、いかに物流が経営にインパクトを与えているのかを認識することだろう。

若者に社会インフラとしての物流を知ってもらう

 小学生に将来になりたい職業は、と聞くと必ず上位に「運転職」が入ってくる。もちろん運転職には航空機のパイロットや電車の運転士なども含まれるので、トラックドライバーがどこまでを占めるのかはわからない。ただし年齢が進むとともにこの希望は忘れ去られていく。それはなぜか。それも意識の中に「物流」という存在がないからだ。日本の社会科の授業では物流についてはほとんど取り上げられていない。中学生の教科書に「社会インフラとしての物流」という箇所があってもよい気がする。

ところで筆者は大学で「物流管理」の授業を受け持っているが授業の最初に必ず学生に質問する。「本当に物流を学びたくてこの授業を採ったのか」と。すると大半の学生は「ノー」と回答する。なぜなら大学生ですら「物流って何なのか」を知らないからだ。一方で授業が進んでくるとおおむねポジティブな意見に変わってくる。「物流というものの重要性が理解できたので、就職先の選択肢にも入れていきたい」という意見だ。

 要は若者は物流について「知らないだけ」なのだ。もちろんこれは物流に限ったことではないかもしれないが、日本ではもっと物流の重要性について小さいころから知っていてもよいのではないかと思う。なぜなら重要な社会インフラであることは事実なのだから。これを伝える方法として、子供達にはものが作られてから自分たちの手元に届くまでについて社会科で教えたらよいと思う。筆者が海外駐在時に大手自動車メーカーが日本人学校に「クルマができるまで」という小冊子を寄付した。この冊子ではものづくりについての基礎が書かれており、大人が見ても役立つものであった。これはメーカーがものづくりの重要性を子供たちに知って欲しいという意図で実施した。メーカーも徐々に学生から「選ばれない職業」になりつつあるのだ。

 一方で私たちが学生に伝えるべきは「オペレーションズ・マネジメント」ではないだろうか。つまり材料を調達し、それを使って生産を行い、お客様へお届けするまでの一連の流れの管理だ。よくサプライチェーン・マネジメントと言われるがほぼ同義語だ。このそれぞれのプロセスの中に私たちが物流ととらえている要素が含まれている。在庫管理や発注行為、荷扱いや輸配送などだ。欧米では確固たる地位を築いていると言われる授業だが、日本には存在しないし、取り上げようとする大学も極めて少ない。その理由はその道の専門家がいないからと言われる。でもそれは本当だろうか。

この記事の作者
コラム記事のライター
仙石 惠一

Kein物流改善研究所
・物流改革請負人。ロジスティクス・コンサルタント。物流専門の社会保険労務士。
・自動車メーカーでサプライチェーン構築や新工場物流設計、物流人財育成プログラム構築などを経験。
・みるみる効果が上がる! 製造業の輸送善~物流コストを30%削減~」
・日刊工業新聞、月刊工場管理、月刊プレス技術など連載多数。
・http://www.keinlogi.jp/

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